第8回:『汚れなき抱擁』 マウロ・ボロニーニ監督 1960年


 女にめちゃくちゃモテるのに、本当に愛している女とはセックスできないという性格のアントニオ(マルチェロ・マストロヤンニ)。要するに、その時になると緊張してしまうということだと思いますが、どうでもいいと思っている女とは普通にできるという。それで、ある時バルバラ(クラウディア・カルディナーレ)に惚れて、今度はちゃんとセックスできると思って結婚するんですが、できない。

 これ、すごく滑稽なんですけど、よく考えると悲惨ですよね。愛する女を抱けないなんて一人前の男じゃねえっていう価値観を周りに植え付けられて、そのプレッシャーに押しつぶされて萎えてしまう。それが続くと、癖になってさらにダメになるというのは、本人にしてみれば、けっこうキツいと思うんですよ。もし、私が20代後半くらいのモテ男だとして(私は女にモテたことはありませんが)、女はよりどりみどりで、でも、その中で一番好きな女とはできないって考えると、そのことばかりにこだわってしまって、負のスパイラルに陥ってしまう気がします。いつかできるようになると思って、ストーカーみたいにその女に執着し、でも結局できなくて、時間をどんどん無駄にする。女からしてみれば、そんな男は(多分)嫌でしょうし、モテない男からしてみれば、贅沢言ってんじゃねえぞって話なんですけど。

 できそうでできない奴っていうのが一番悲惨なんですよ。プロになれそうでなれなかったマンガ描き(私のことですよ)が、自分では夢をつかめると思って青春を無駄にするっていうのと同じで、愛をつかめそうでつかめない奴が、つかめると思ってじたばたして結局何にもならない。バカじゃねえのって思われるかもしれないんですが、本人は悩んでるんです。だったら最初から何もない奴のほうがマシかもしれませんよ。

「本当の愛」をものにするなんて、アントニオにとっては、無理なことなのです。だったら、どこか適当なところで手を打てばいいと思うんですけど(人に言えた義理じゃないですけど)、この映画を作ったイタリア人たちは、「本当の愛」っていうのがよっぽど大事だったのでしょうか。あるいは、皆が口々に語る「本当の愛」なんて幻想で、そんなものに振り回されると、ろくなことにならないぞといいたかったのかもしれません。どっちなんでしょう。



村木豊
(2017年4月24日掲載)


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