第26回:『銃撃』 モンテ・ヘルマン監督 1966年


 モンテ・ヘルマン監督の西部劇『銃撃』は、「よく分からないけど面白い映画」です。世の中には、「ただ分からないだけの映画」というのは結構あって、それは例えばゴダールのいくつかの映画だったりするのですが、それについてはここでは触れません。

 物語は、久しぶりにアジト(?)に帰ってきたガシェイド(ウォーレン・オーツ)が仲間の墓を見つけるところから始まります。墓標には、何者かに殺されたと書かれています。生きていた別の仲間コーリー(ウィル・ハッチェンス)は、自分も狙われていると怯えていますが、その相手が誰なのかは分からない。ガシェイドの弟で、どこかで馬で子供をはねてしまったらしいコインは、すでに逃げたという。それと関係があるのか、謎の女(ミリー・パーキンス)が突如現れ、ある所への道案内をガシェイドに依頼してきます。金を受け取ったガシェイドとコーリーは、女と一緒に、それぞれの馬にまたがって目的の分からない旅に出ることになります。映画を見ている側は、状況が飲み込めないまま、ただ眺めているしかありません。そのうち、女の連れらしき悪そうな男ビリー(ジャック・ニコルソン)と合流しますが、彼が何者で何を考えているのかやっぱり分からない。

 分かっているのは、誰が「善い者」で、誰が信用できないかということだけです。ガシェイドは無骨でカッコいい男であり、コーリーもちょっと情けないけれども純粋ないい奴です。この二人には簡単に感情移入できるようになっています。他方で、女は信用できないし、ビリーにいたっては銃をちらつかせ、いつガシェイドたちに発砲してくるか分からない雰囲気です。しかも、それ以外にも姿の見えない敵がいるかもしれない。その緊張感は並ではありません。いつ誰がどのようにして襲ってくるのか分からない状況のまま、ガシェイドたちは旅を続けなければならないのです。すでに彼らに感情移入している側としては、何がどうなっているのか不安です。同時に、謎に対する興味を抑えることができない。ガシェイドたちの運命に直結するからです。

「よく分からない映画」が面白くなるか、つまらないまま終わるかは、「分からない」ということが、見る側の興味を喚起できるかどうかにかかっていると思います。その意味で、『銃撃』は見事に成功しています。「よく分からないからこそ面白い」といっていいのかもしれません。

 最後まで見て分かるか分からないかは、何ともいえません。ただ私は、一回見ただけでは(面白かったけど)全然分かりませんでしたね。


村木豊
(2017年10月9日掲載)



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