第19回:『激動の昭和史 沖縄決戦』 岡本喜八監督 1971年


 町山智浩さんがこの映画を紹介していて、観たかったんですがレンタル屋にないので諦めていました。それで、忘れていた頃に、DVD屋で2000円くらいで売っているのを見つけて買ってきました。

 太平洋戦争の末期、沖縄での激戦の地獄絵図を描いた映画で、とにかく人が次々に死んでいきます。あっさり死にすぎじゃないかと思いますが、現実がそうだったんだから仕方ありません。

 特にひどいのは、何度か出てくる集団自決のシーンです。谷間に追い詰められた沖縄の住民たちが、手榴弾で皆まとめて死んでいき、かろうじて生き残った人たちも、棒で頭を叩きあってお互いを殺そうとする地獄。優柔不断な司令官と、面子のことしか考えない参謀長は、揃って外道です。アメリカに追い詰められて、洞窟の中で責任放棄の自決をするのですが、自分たちの自決のために入り口を固める部下が次々と死んでいきます。それに構わず、勿体つけてゆっくり腹を切ります。部下はなんのために死ぬのか。

 ナレーションによると、この沖縄戦で沖縄県民の3分の1が死んだといいます。戦場で待っているのは地獄だけというのが、この映画のメッセージなのです。

 大本営は沖縄を捨て駒にしたのです。映画のなかでも「沖縄は本土のためにある」と言い切ってますから。日本は沖縄を本土決戦のための時間稼ぎに使おうとしたのです。現在も、日本(本土)が沖縄を差別し利用するという構図は続いています。政府は沖縄の民意を無視し、アメリカのために沖縄本島と周辺の島々のさらなる軍事要塞化を進めています。アメリカはこれらの島々を盾にして、中国を抑え込もうとしています。そうなると軍事施設のある島は狙われる可能性があります。それを沖縄県民が黙って見ているかといえば、必ずしもそうではありません。それが今の沖縄の市民運動です。政府はそれを、共謀罪で黙らせたいのでしょう。

 人々の多様な考えを許さず、恐怖政治でもって全体のために奉仕させるのが、強権的な政府の卑怯な手段なのです。その結果が、この映画で描かれた惨劇です。今の日本は、その頃の姿に戻りつつあるような気がします。そのうち、国のために命を張れとか言ってくるかもしれません。しかし、もちろんその必要はありません。そういう話をすると、捕まるかもしれませんけどね。



村木豊
(2017年7月17日掲載)



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