第11回:『チチカット・フォーリーズ』 フレデリック・ワイズマン監督 1967年


 アメリカのマサチューセッツ州にあるブリッジウォーター精神異常者専用刑務所の日常を映したドキュメンタリー映画です。監督は後の巨匠フレデリック・ワイズマン。これがデビュー作です。

 羽のついた帽子をかぶった何人かの男たち(囚人?)がステージで歌っています。「チチカット・フォーリーズ」とは彼らのことでしょう(後ろの壁にそう書いてあります)。「これから素晴らしいショーの始まりだ」。しかし、始まるのは素晴らしいショーでも何でもなく、この刑務所の恐るべき実態を映した映画です。このシーンを最初に持ってくるチョイスは、ワイズマンのブラックジョークなのでしょうか?

 ある男(なぜか全裸)は三日も食事を摂ってないと言われ、自分で食べないと「チューブ栄養」をやるぞと脅されます。男は何も言いません。すぐに看守のみんなに押さえつけられて、鼻からチューブで食事代わりの液体を流し込まれます。男に暴れる様子はありません。たとえ、相手が凶悪な犯罪者(ではない可能性もありますが)だから用心しているのだと言われても、ちょっと度を超えている気がします。もしかすると、精神異常者に対する差別感情でもあるのでしょうか。そのシーンの途中で、何度か死体の映像が挿入されます。死体は誰なのでしょうか。「チューブ栄養」をされている男が後で死んだということなのでしょうか。

 ワイズマンは、『全貌フレデリック・ワイズマン』(岩波書店)に掲載されているインタビューで、カメラは人間の行動に影響を与えないと答えています。ほとんどの人は、カメラがあるからといって突如、別人のように振る舞えるわけではないといいます。映画に映っているものは、特別な演技ではなく、看守たちがいつも当然だと思ってやっていることなのです。ワイズマンは、この刑務所のあり方を暗に批判したのです。

 この映画では、現場で「何を撮るか」はすべて監督であるワイズマンの指示によるものだそうです。しかし、ワイズマンが独特の(ブラック?)ユーモアを発揮するのは、撮ってきた膨大な量になるであろう映像を編集する時ではないでしょうか。どの映像を映画のどの部分に持ってきて、どのタイミングで切るか。そこに観客は、ワイズマンの意図を読み取ることができます。このデビュー作には、その後の数多の作品で発揮されるワイズマンのユーモアや批判精神の萌芽をすでに見ることができます。

 それにしても、最新作『ジャクソン・ハイツ』は、次、どこでやるんでしょう。東京国際映画祭などで上映していたみたいですが、混んでそうだし、どこかでまたやるだろうと考えて観に行かなかったのがバカでした。



村木豊
(2017年5月15日掲載)



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